明日への紙ヒコーキ

日々の悲喜こもごもと、ゲームとか、本とか、つれづれなるままに、好きなものを厳選して書いていきます。

内向型人間のつぶやき。

単純なもので、もう「趣味だろうとなんだろうと、小説をかくのはやめよう」とおもっていた。

というのも、小説を書こうとすると、気負い過ぎてしまうらしく、高確率で体調不良になるからだ。

そして、数か月は休まざるを得なくなる。

体調不良の中身はさまざまで、気分が異常にふさぎ込んだり、帯状疱疹になったりである。

どん底、という気分をたっぷり味わって数か月、しばらくすると、気持ちがふわふわと浮き上がってきて、

「また書こうかな」

となる。

少人数だが、待っていてくれる読者もいるからだ。

しかし、そのたびに、また気負って、体調不良で休み、のくりかえし。

ここ3年ほどはその負のスパイラルにはまりこんでいた。

 

自分の、このエネルギーのなさはなんなのか?

一定の答えを教えてくれたのが、「内向型を強みにする」著・マーティー・O・レイニー。

どうやら自分はHSPらしく、とあるサイトでその度合いを測ったら、108という数字がでた。

まちがいなく内向型。

内向型は、意識して休みをとり、自分をいたわりながら活動しないと、すぐにガス欠をおこし、否定的な考えにはまり込んだり、孤立したりするらしい。

まさに、現状をぴたりと言い当てている!

 

とりあえず、趣味の創作は活動するにしても、意識して休む、根詰めてやらない、リラックス、楽しむ、そういったことを心がける必要がありそうだ。

それと、内向型は広く浅くの人間関係は苦手。

ムリに、やけに人懐っこすぎる(ずうずうしいともいう)人と付き合うことはない様子。

人懐っこいのは、美点だろうが、過ぎると毒である。

それは、ほかの点でも同じだろう。

自分の場合は逆で、引っ込み思案すぎて「お高くとまっている」と思われないように注意を払わねば。

 

内向型を強みにする

内向型を強みにする

  • 発売日: 2013/06/16
  • メディア: Kindle
 

細かく、内向型の生き方の対処法、改善点などが書かれていて、とても参考になる。

海外の本なので、参考程度の部分もあるが、根本はまったく変わらない。

とはいえ、日本より競争社会のアメリカは、内向型にはキツイ社会だなあ……

と、感慨にふけっている場合ではない、日本でも内向型への理解が進みますように。

でもって、外向型とうまくやっていけるようになるといいな。

 

小説が書けなくなって三カ月目。

やはり運動とおなじく、文章もつづけていないと、ことばが出てこなくなるようだ。

さいきんは、とみにその傾向が強い。

どこかで慎重になりすぎ、こころのブレーキが利きすぎているのかな?

 

三カ月前までは、余暇に別名義で小説を書いていたものだが、最近はとんとご無沙汰状態。

発表の場としていたブログも停止中だ。

げんざいは英語の勉強が面白いこともあり、書いてみたいとおもえなくなってしまった。

物語は、人間同士の応酬の結果生まれるもの、という意識が強い。

コロナ禍で、ほとんど人と接しなくなっているいま、物語が生まれづらいのは仕方ないのかもしれない。

あ、これはあくまで自分の場合。

たとえコロナ禍のもとであろうと、創作意欲旺盛なひともいることはわかっている。

 

人と接していないから書けない、という気持ちも、もしかしたら言い訳かもしれない。

つい三か月ほど前、過去の自分の作品を読んで、かなりがっかりした。

自分の願望や思想が、かなりいびつに反映されており、とてもではないが、ひとさまから反響をもらえるようなものではないとわかってしまったからだ。

かといって、背伸びして「万人受け」を狙ってみても、うまくいかなかった。

筆が進まない。

そして、「万人受け」しそうな展開をつくれない。

 

しかし、いま思うと「万人受け」というのは、イコール「八方美人」ではないか。

願望駄々洩れの作品は、はたから読んでも、あまり気持ちのいいものではない。

が、ある程度の「癖」は出ても仕方ないかもしれない。

「癖」は個性に通じていたかもしれないからだ。

とはいえ、まだ小説を書くのをやめてから三カ月しかたっていない。

自分に対する客観性を獲得するまで、まだちょっと時間がかかるのかも。

 

ほんとうに、自分が小説をとおして訴えたかったのか、そのあたりもぼんやりしている。

よくない状態だ。

だれでも思いつくようなエピソードに雑感をくるんで綴っただけのものを「小説」と表現しても、読んでくれる人は少なかろう。

かといって、奇をてらいすぎてもダメだし、匙加減がむずかしい。

小説を書きたいという願望は、自分をアピールしたい、という願望とイコールなのだろう。

自分の何をアピールしたいのか、そのあたりはっきりしていないことには、書きようがないのは当然かもしれない。

いったい、いつから自分を見失ってしまったのか。

そのあたり、時間はたっぷりあるので、考えていこう。

それから小説なり、ほかの表現方法なりを探っていっても、悪くないはずだ。

 

ベストセラー小説の書き方 (朝日文庫)
 

 ユーモアたっぷりにつづられる「ベストセラー小説の書き方」。

何度読みかえしてみても、飽きない。

すべての準備を整えてから書こう、というのは誤りで、ともかく書いてみて、創造力を刺激していくほかない、ということがよくわかる。

笑いながら読める箇所もあり、クーンツ氏の懐の深さがわかるところも魅力的。

エンタメ系小説を書きたい人におすすめ。

 

英語の勉強、なんとなく継続中。

邦訳が途絶えたアメリカのミステリーシリーズが読みたい、と思って、衝動的に英語の勉強をはじめてから、一週間経過。

自分でも意外なほどつづいている。

 

勉強方法はシンプル。

英文法の勉強のやりなおし。

eステというサイトの英語読み放題サービスを利用し、英語の本を読みまくり。

英語の辞書を書き写し。

の三本柱。

はじめたばかりなので、自分が成長しているかどうか、イマイチはっきりしないが、楽しく続けていられるので、いいか。

 

語学はコツコツ努力を積み重ねることが大事!

とはいえ、あまり暑っ苦しくせず、淡々と楽しくやることが肝要でもある様子。

英語の読み放題サービスでは、本の内容をクイズでチェックできるので(ひっかけ問題もあったりして、なかなか気が抜けない)、読解力が確実につく。

あと一か月くらいしたら、自分の力がどれほどついたか、中学生用の教材でもつかってテストしてみようかな。

 

 これ読むと、楽しく英語を勉強する道筋がわかってくる。

ありがたい本。

 

「語学はやり直せる!」著・黒田龍之助

義務教育で英語に挫折し、専門学校で中国語に挫折。

語学の才能、ないのかなー、と思いつつも、二十代にドイツ語にはまり、5級だけとって、引越しとともにいつのまにか勉強の習慣がなくなってしまい、挫折。

以後、ほとんど勉強らしい勉強もしてこなかった。

 

ところが、Amazonをひらいて遊んでいたところ、思わぬ発見が。

かつて大好きだったアメリカのミステリーのシリーズが、電子書籍で25巻まで発行されている!

邦訳版は、10巻くらいで止まって、それから発行されなくなってしまったので、つづきをよみたければ英語を学ぶしかない。

しかし、英語にかんする能力のなさは、じゅうぶん自覚している……どうするか?

どうもこうもない、読みたければ、英語を学びなおすしかない。

 

気休め代わりに手にとったのが、「語学はやり直せる!」著・黒田龍之助

気軽に楽しめるエッセイ風の本書。

語学をやるのはかっこいい、クールだ、という話からはじまり、著者なりの語学の取り組み方、楽しみ方のエピソードが展開する。

仕事ですぐに英語が必要だとか、受験や資格の勉強だとか、そういう切羽詰まった状況ではないわたしにとっては、なかなか有用なアドバイスがたくさん。

なかでも、他国語の輪郭をつかむため、辞書を書き写す、という勉強法は面白い。

なるほど、そんな取り組み方もあるのか、と刺激を受けた。

 

げんざい、さっそく真似して、ノートに英和辞典を書き写している。

30分かけて、1ページ書き写せるか、というくらい遅い方法だけれど、たしかに、へえ、こんな言葉があるのか、こんな語法があるのか、と新しい発見がある。

細かい作業が好きな人、書くということに抵抗がない人には、お勧めな方法かもしれない。

ただし、辞書を書き写すと、語学力が上がるか、というと、そうではない様子。

あくまで、その言語の輪郭がわかってくる、という程度にとどまるらしい。

 

それでも本書が指摘しているように、「ゼロからやり直そう」とかんがえてしまうよりいいかもしれない。

なんで「ゼロからやり直す」のがダメかというと。

大人はすでに義務教育+高校あるいは大学である程度の英語の知識がついている

それでも謙虚に「ゼロからやり直そう」と、自分の知識より低いところから勉強をはじめる

さいしょは知っていることばかりで、気が緩む

しばらくもしないうちに、飽きる。

英会話学校などに通っていた場合、気が緩んでいるうちに学校の勉強がどんどん進み、いつのまにかついていけなくなっている

うさぎと亀のうさぎ状態。挫折!

 

という黄金パターン(?)が考えられる。

たしかに、身に覚えがある。

ちょうど一年前、英語をまた勉強しようかなと色気を出して、中学校の単語から勉強をはじめたけれど、知っている単語が多く、単語帳を作っているうちに飽きてしまった。

というか、知っている単語の単語帳を作る愚に気づかぬわが身よ……

辞書を書き写すのは、語学力が確実につく方法ではないけれど、知的好奇心を刺激されるいい方法だと思う。

なにより、さいきんは文字を鉛筆で紙に書く、ということをめったにしなくなっている。

書き写しているうち、漢字の書き順をかなり忘れていることにも気づき、日本語の勉強にもなっているという、うれしいおまけつき。

 

いちおう、三年後に、前述したミステリーシリーズを読めるようになることが目標。

辞書を書き写すのと並行して、多読学習と、文法の勉強も少しずつやっている。

キーワードは、肩ひじ張らず、楽しく。

それと、知的好奇心を刺激し続けられる方法をとること。

思い返せば、ドイツ語だって、単に「響きがかっこいいことばを覚えたい」というだけで独学でつづけたのだった。

英語やドイツ語を勉強していると、

「いまさら、それ、何に使うの?」

と聞かれるが、答えは

「楽しいから」

だけでもおおいに結構、というわけである。

以前は、そんなことやって何になるの、と言われて、ひるんでいたものだったが。

今度は挫折しないで勉強できるようにしよう。

 

語学はやり直せる! (角川oneテーマ21)

語学はやり直せる! (角川oneテーマ21)

 

 

「めもくらむ 大正キネマ浪漫」著・赤石路代

毎月、小学館の「月刊フラワーズ」を欠かさず購入している。

少女漫画の進化形、という看板は伊達ではなく、直球から変化球までどんどん飛ばしてくる漫画雑誌である。

東日本大震災の前から購入しているので、もう11年ちかく継続しているが、毎号、ずっと変わらず上質な作品を掲載してくれているのがうれしい。

 

最近で、とくに毎号たのしみにしていたのが、赤石路代の「めもくらむ 大正キネマ浪漫」。

大正時代の浅草のミルクホールにて、女給としてはたらく立花乙香には野望があった。

それは、ロシアを舞台にした活動写真「ナターシャの唄」のヒロインを演じること。

儚げな美貌、群を抜いた演技力、だれもが驚く度胸を兼ね備えた「彼女」。

しかし、大きな障害がある。

それは、「彼女」ではなく、「彼」。

じつは立花乙香とは、美少年・立花乙次郎の変装した姿なのだ(このことは、すぐに読者に提示される)。

数々の試練を乗り越えて、乙次郎は、はたしてナターシャを演じることができるのだろうか?

というお話。

 

じつは、連載第一回で乙香が男性ということを知ったとき、

「どうして主人公が美少女じゃいけなかったのだろう」

と不満を持った。

少年が少女を演じる、ということで、現実味がないなあ、とか、ドタバタ劇になるのかな? と勘ぐりをしてしまったためである。

ところが、とんでもない。

まったく作者の意図がわかっていなかった。

話が進むうち、乙次郎の男前なところ、場数を踏んでいる(修羅場を潜り抜けて生きてきた)がゆえの度胸のよさなどが、困難を乗り越えるための乙香のための武器だということがわかってくる。

単なる演技力のある美少女では、この話は成立しない。

悲しみを乗り越えてきた乙次郎だからこそ、乙香が成り立つのである。

それがわかってくると、もうあとはストーリーに身を任せるだけになった。

単なるサクセスストーリーとはちがう、魅力的な物語。

さすが大ベテランの作品、面白さのツボを心得ている。

 

乙香(乙次郎)をめぐる登場人物たちも、それぞれユニークできらびやか。

乙香に恋をする二枚目俳優の東海林鷹男、ライバルとなる名女優・竹尾須真子、薄幸のお嬢様女優・松原琴子、そして、乙次郎をサポートする脚本家の大鐘小六、名映画監督の八神正太郎、女性弁士の秋川八重、などなど。

「ナターシャの唄」をめぐる竹尾須真子との火花の散らしあいも面白いが、この作品に厚みをもたせたのは、「ナターシャの唄」の完成後のストーリーだと思う。

とくに、須真子の、乙次郎とは、またちがった女性らしい強さ、したたかさ、優しさなどがあきらかになっていく過程は、面白いをとおりこして、心地よい。

乙次郎の姪・椿をめぐるエピソードも……ここは読みどころのひとつなので、ぜひ読んでみていただきたい。

 

乙次郎の「場数を踏んでいる」という凄みのある設定は、ラストまで活きる。

数々の伏線もみごとに活きて、まさに、「めもくらむ」。

赤石路代氏の力量に、あらためて感嘆した漫画だった。

 

 全六巻で完結。

最終回を読んで、「終わっちゃったなあ」と残念に思った漫画は久しぶりだった。

こころ洗われる、旅エッセイ「森の教え、海の教え 辺境の旅から」著・芦原伸

ゲーム「シュタインズ・ゲート」をクリアしたものの、その激しさ、壮大さにすっかり圧倒されてしまい、しばらくほかのゲームができない状態にいる。

そこで、気分をまっさらにしようと手に取ったのが、旅エッセイ「森の教え、海の教え 辺境の旅から」著・芦原伸。

新潮社発行の「SINRA」に連載されていたエッセイをまとめた本である。

 

ニホンオオカミの痕跡をたどる旅からはじまり、信州、伊勢、久高島や宮城の猫島などをめぐり、さいごは海の彼方のカナダの先住民の島へゆく。

ニホンオオカミを祀る神社をめぐってみたくなったし、伊勢の豊受媛をめぐる古代日本の謎を推理するくだりはわくわくしたし(ほかの古代史家の考察とくらべてみると面白い)、カナダのレイヴン(大鴉・ワタリガラス)の鳴き声には二種類ある、というのを知り、それを現場で聴きたくなった。

こころ洗われる一冊で、コロナ禍が終わったら、旅に出たいなと、出不精の自分ですら思ってしまった。

筆者の旅に対する静かな熱意と、深い教養が心地よく伝わってくる一冊でもある。

 

おもしおろかしい旅エッセイも、もちろん十分面白いけれども、こういう落ち着いた、まっすぐに対象を見つめた旅の本も、また味わい深くて面白い。

これまた、しばらくしたら、読み返したい一冊である。

 

森の教え、海の教え 辺境の旅から

森の教え、海の教え 辺境の旅から

  • 作者:芦原 伸
  • 発売日: 2018/11/17
  • メディア: 単行本
 

 ちなみに、表紙の写真は、オイヌサマこと、ニホンオオカミをかたどった狛犬のお顔である。

 

 

記念すべき「なにもない日」に「Steins; Gate」をクリアした。

 

 2021年1月27日、やっとシュタインズ・ゲートをクリアした。

今現在、絶賛発売中の「シュタインズ・ゲート エリート」ではなく、無印のPSP版である。

5~6年前に購入したものだが、すぐに夢中になったわりには、クリアまで時間がかかってしまった。

というのも、筆者には悪い癖があるためだ。

積みゲーをため込んでは、それを同時進行で少しずつプレイする癖である。

 

なんとも贅沢な気持ちになる(あくまで個人の感想です)プレイ方法だが、難点がひとつ。

1のゲームをプレイして、2,3……と20くらいまで順番にプレイしていくと、そのうち1のゲームの内容の細かいところを忘れる。

ふつうのゲームなら、それでもなんとなく困らずに進められるのだが、シュタゲはそうはいかない。

緻密に張り巡らされた伏線を忘れてしまうと、このゲームは面白さが半減してしまうためだ。

 

このゲームは、攻略キャラクターの個別エンドの順番が、ほぼ決まっている。

キャラごとの個別のエンドをむかえると、また次のキャラのエンドと、どんどんエンドを重ねていくことでストーリーが前に進んでいく。

ただし、最後のトゥルーエンドは別。

トゥルーエンドを見る条件として、ヒロインの牧瀬紅莉栖からのメールに適切に応じていかないと、道が開かれないようになっている。

そこで筆者は、このゲームの、すばらしく緻密な伏線の張りめぐらせ方を堪能するためにも、スキップをいっさい使わず、OPから話を読み直すことにした。

 

トゥルーエンドを目指してコツコツ読み続け始めたのが、去年の夏ごろ。

話のあまりの切なさに、プレイをついつい中断してしまったこともあった。

それでも、こう思った。

「仮にいま新型コロナに罹患して、明日にも急変するかもしれない、となったとき、いちばん後悔することはシュタゲのトゥルーエンドを見なかったことになるんじゃないのか?」

心残りがゲームかよ、と笑ってはいけない。

シュタゲの主人公岡部倫太郎にはすっかり感情移入してしまっていた。

かれの運命がどうなっていくのか、知らないまま、ぽっくり、というのは避けたい。

 

そこで、今月の中旬になってから、一気にプレイを加速させた。

同じシナリオを読むのは二度目。

でも、やっぱり抜群に面白い。

思えば、アニメも途中まで見たのだが、トゥルーエンドは自分の手でプレイして知りたいと思い、視聴を中断したものだった。

それほど思い入れができたこのゲーム。

日本人にうまれて、このゲームに触れられて、よかった。大げさではなく。

 

しかし、いろんなサイトで「泣けるぞー、泣けるぞー」と書かれていたエンディング。

ハンカチを三枚用意しなくちゃだめじゃないのか?

泣いているところを家族に見られるのは恥ずかしい。

涙を見られないよう、最終章はみなが寝静まってからプレイした。

プレイしてみると、こうきたか! こうくるのか! まさか、まさかの波状攻撃。

で、やっと、真のエンディングに到達!

達成感が半端ない!

 

し・か・し。

 

非常に感情を揺さぶられたものの、「泣く」というところまではいかなかった。

これは自分でも意外だった。

すっきり泣きたいと期待しすぎたせいか。

はたまた、年をとってきて、感情が鈍磨しているのか……

みずみずしい感動を受け止められる年代は、とっくの昔に過ぎてしまったということか。

なんだかほろ苦い思いもしつつの、シュタゲのクリア。

これだけはいえる。シュタゲは最高!

 

ちなみに来月は誕生日がきて、また年を重ねる。

残りの積んであるゲーム、感動できるかな。

STEINS;GATE ELITE 【初回特典】ファミコレADV『シュタインズ・ゲート』のDLコード 同梱 -Switch

画像は「シュタインズ・ゲート エリート」。

こっちも時間がたって、細かいところを忘れたら、ぜひプレイしたい。